2005年11月19日

ピアノ(3)

始発電車とともに、都会は目覚める。
サイレンとクラクション。
季節の無いバーの中では、私はピアノとしか生きていけない。

話しかけてくるのは、一人の老人だけ。
1日の終わりに、私についたタバコのヤニを拭いてくれる。
バーテンダーをやっている彼は、左の小指が第二関節から無い。

時代は冷酷で、流行遅れの芸人はあっという間に消える運命。
その中で、このバーは往年のスターを身近で楽しめた。

季節を感じることができなくても、幸せなのかもしれない。
円熟した芸人の歌にあわせて、私も歌うことができるのだから。





タバコの煙にも都会の喧騒にも慣れた。
私には都会のほうが合うのかもしれない。

もう、神戸のことを思い出すことも、あまりない。

私が奏でる音楽も変わった。
ショパンでもモーツアルトでもなく、ジャズのスタンダードやポップスばかりになった。

年老いたバーテンダーは来年には、ここを去って、生まれ故郷で老後を過ごすと言っていた。
きっと、新しい男の人が私を磨いてくれることになるのだろう、そう思っていた。

ある日、一流だけど高齢のミュージシャンが私の前で倒れた。
私を弾いている最中に、突然、鍵盤に肘を打ち付け、そのままステージへ体を崩していった。

脳溢血で、そのミュージシャンは二度と意識を戻さなかった。

私の上をいろんな人生が通り過ぎてゆく。

街の風景すら、私は思い出さなくなってしまったというのに。



posted by ホーライ at 23:38| Comment(0) | TrackBack(0) | ロマンス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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